MENU

私について

私が心を震わせるのは、人生の中で、いつか必ず思い出すような瞬間です。

それは、特別な旅先かもしれないし、何気ない日常の一コマかもしれません。
ふと時間の感覚が消え、永遠のように感じられる瞬間があります。

一日の終わりに思い返したくなる時間。
そして人生の終わりにも、「ああ、自分は生きた」と思える記憶。

私は、そんな瞬間を人生の中に増やしていきたい。

そして、そこに集うのは“オモロい人”です。
好き、愛することに情熱を注ぎ、
それが自分の価値観と在り方として体現されている人。

そんな生き様に惚れてしまう仲間たちと、
忘れ得ぬ瞬間を共有していくこと。

それが、私の情熱です。


その瞬間を特別なものではなくもっとカジュアルに
日常の中に広げていくためには、それを支える前提や構造が必要です。

今の社会では、人はしばしば「どれだけ役に立つか」で価値を測られます。
生産性が高く、効率が良いほど優秀とされ、対価が決まっていく。

より多くを生み出すことで他人や会社、
あるいは社会に役立つことがその人の価値や存在意義を決める。

もちろんそれ自体が悪いわけではありません。
けれどそれだけで人の存在が定義されるものではないと思うんですよね。

私は、こういった価値観に真っ向から立ち向かいたい。
人は、そもそも価値づけられる存在ではありません。
役に立とうが立つまいが、生まれながらに愛される存在です。

人を条件付きで測らない、損得抜きの関係性の中でこそ、
信頼は生まれ育まれていきます。

それを前提として、私はそんな信頼が自然に循環する社会と
関係性を育てたいと思っています。


この思いにはきっかけがありました。
それはかっこいい大人との出会いです。

去年(2025年)までなにか人生が本番でない、
自分ごとでないようなそんな虚しさを感じながら生きてきました。

悪くはない人生ではあった。
でもこれまで生きてきた思い出に鮮やかな実感や手応えがないんですよね。

それが今年の2026年、
思いっきり目前の景色が変わるような鮮烈な体験がありました。

去年モヤモヤと生きている中で足掻き、
これからの生き方を模索していく中で目が覚めるような、
刺激的な大人と出会うことができたんです。

ちょうど一回り年が離れていて、確固たるアイデンティティ、自分のスタイルがあり、
それらを形作った生き様が人の形をしているような方。

生き生きと、自分のあり方や生き方そのものを楽しんでいるようで
めっちゃかっこいいと思ったんですよね。

これまで生きてきてこういう人になりたいとか、
憧れとかを抱いたことがありませんでした。

それがこの歳になってはじめて
「ああなりたいな」と思える大人との出会いだったんですよね。

私も10年後、こんな大人になれたら楽しいだろうな、と考えたら、
もりもりと生きる活力が湧いてきました。

私はこれからの人生を費やしてこういうかっこいい大人になりたいんです。

そして次世代に「こういう大人になりたいな」と思われるような人になりたい。


経営者にしろ、社員にしろ、立場、役割は違えど個人です。

私の事業は対象や規模は様々でもその個人
「人」に対して価値を提供するものです。

その人達に対して私は事業を通じて
「生まれてきて良かった」と思える瞬間を増やしたいと思っています。

そのためにライフスタイルのデザイン、マネジメント、
その源、本質である皆さんのものの見方、価値観、マインドセット
を整えるようなサービスを提供しています。

人生に目的はありません。
ただひとつ提案できることは「人として熟す」ことではないでしょうか?

では人として熟すためにはどうしたら良いか?
それは人生で起こる全ての瞬間を味わい尽くすこと。
良いことも、悪いことも、分け隔て無く味わい尽くす。

自分の人生で起きたことを色づけなく
ありのままに見て、感じて、受け止める。

これは人生においての最高の贅沢です。

その中にやりがい、生きがい、情熱といった
「生きている」「生まれてきて良かった」
を感じる瞬間があるはずです。

そしてこのニュートラルな状態こそフロー、
すなわち老子でいうところの「水」であるということに他なりません。

これは偏見のない完全な世界に生きることを意味します。

偏見という眼鏡を外し、完全な世界にピントが合うと、
世界、そしてあなたの人生が一変するはずです。

このような状態を求めてちょっと面倒だけど
普段の日常、コンフォートゾーンから一歩出る。

これは人生においての筋トレとも言えるでしょう。

そんな覚悟と選択ができるビジネスアスリート、
そしてライフアスリートを応援します。